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がんばれ宮崎

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This is the archive for December 2010

日本の国を治めるために、天の高天原から、
地上の日向(ひむか)に降臨した神が、ニニギです。
ニニギは、初代天皇の神武天皇の、ひいおじいさん、
曽祖父にあたります。
このあと、三代に亘って、日向で活躍する神話が展開されます。
ニニギは、その初代なのです。

ニニギには、三つのエピソードがあります。

第一は、降臨した時、「ここは朝日の照る良い国じゃ」と言われた話。
これは、後の世に、第十五代景行天皇が、
「ここは日に向かう良い国じゃ」と言われたので、
日向と名がついたと言う地名説話と似ています。

第二は、笠沙の岬で、木花咲耶姫と出逢った話。
「不美人の磐長姫は嫌いじゃ。」と言って、
木花咲耶姫とだけ、一夜の契りをした話です。

第三は、木花咲耶姫が懐妊した時、
「本当に俺の子か、誰か他の奴の子だろう」と疑った話です。

第二、第三は、なんとも人間的な話で、私が好きな部分です。

ニニギを主祭神とする神社は、鹿児島の霧島神宮です。
高千穂の槵觸(くしふる)神社も、ニニギです。
ニニギを含む日向三代を同格として祭る神社は、
高千穂神社、霧島岑神社、など、多数あります。


この花さくや姫は、国つ神で、山の神の、大山祇(おおやまつみ)の娘です。
天つ神(あまつかみ)のニニギと結婚し、火の中で三人の子供を産みます。

この花さくや姫は、古事記では木花佐久夜毘売、
日本書紀では、木花(之)開耶姫と表記してます。

この花さくや姫は、山の神の娘なので、
富士山の守り神として、富士山本宮浅間(せんげん)大社に祀られています。
第11代垂仁天皇の時、富士山大噴火を鎮めるために祀られたとされています。

宮崎では、神話の舞台にちなんで、西都市の都萬(つま)神社と、
青島近くの木花台(きばなだい)の木花(きばな)神社に、祀られています。
それで、巨人軍キャンプの雨天練習場(白いト゜ーム)は、
「コノハナドーム」と命名されました。

この花さくや姫は、酒の神でもあります。
これは、日本書紀の中の異伝(第九段第三の異伝)に、
「狭名田(さなだ)の稲で酒を造ってお供えす」という話があるからです。
都萬(つま)神社では、これに尾ひれがついて、
この花さくや姫が、お乳の代わりに、
甘酒で子育てしたという話が、付け加わっています。

平成21年6月に、歌手の三上範子さんが、
「この花さくや姫」という歌をリリースしました。
癒しの歌であり、宮崎のご当地ソングでもあります。

神話に登場する女の神様は、美人と相場が決まっています。
唯一の例外が、いわなが姫です。

古事記では、石長比売、日本書紀では、磐長姫と表記してます。
磐長姫は、岩のように頑丈で長い命を象徴する神様です。

お父上の大山祇(おおやまつみ)は、天孫降臨されたニニギに、
姉の磐長姫と、妹の木花開耶姫とを差し出しますが、
ニニギは、美人の木花開耶姫だけを留め、
磐長姫を帰してしまいます。

ここからは、宮崎県西都市の地元にだけ伝わる話ですが、
帰された磐長姫は、銀(しろがね)の鏡を見て嘆かれ、
鏡を放り投げると、龍房山(りゅうふさやま)の頂上の木に落ちました。
西の村人が、それを見つけ、下に降ろし、祀りました。

その場所が、昔、白見と表記され、
後に銀鏡と表記されるようになった、銀鏡(しろみ)です。
そこに銀鏡神社が、今もあり、
父上の大山祇と共に、磐長姫が祀られています。

その西隣の西米良村(にしめらそん)の米良神社も同様で、
磐長姫は、この地の小川という所で入水したと伝えられています。

磐長姫を祀る神社は、全国的に少なくて、
茨城県筑波山の月水石神社、
京都市北区西賀茂の大将軍神社などです。

銀鏡(しろみ)神社

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ある日の、青島ガイドの説明です。

「皆さん、この美しい青島は、
日本神話のうち、最も有名な、「海幸山幸」の舞台ですよ。

兄海幸の大事な釣り針を魚に取られた弟山幸は、
この砂浜を、それ、そこを、とぼとぼ歩いていたんですよ。

すると、塩土翁(しおつちのおじ)が現われ、
この青島の、ずっと沖に、海の王がいる。
その「わたつみの宮」へ行きなさいと教えました。

その「わたつみの宮」で、豊玉姫と出会い、三年過ごしました。
三年経って、釣り針を見つけ、この青島に戻ってきました。

山幸が急に戻ってきたので、村人は裸で迎えました。
これが、毎年、成人式の日に行われる「裸参り」の起源です。

この続きは、又後で、お話しましょう。
それでは、次に参りましょう。」

ところで、神話の原本である「古事記」には、青島とは書いてありません。
ここ青島の、昔からの言い伝えです。

幸い、全国でも「海幸山幸」の伝えは、ここ青島だけですので、
私たちガイドは、堂々と、お話しています。


青島に戻った、弟の山幸は、兄の海幸に、
釣り針を返しました。
しかし、結局、二人は争いになりました。
山幸が、潮満玉、潮干玉を使って、海幸をやっつけました。
それで、とうとう、海幸は、降参し、山幸の家来になりました。

ここからは、私の空想です。
もし、この海幸山幸の話が、何か史実に基づく神話だとしたら、
私は、次のように空想します。
兄弟の相続争いが起き、山幸は、いったん船で逃げます。
着いた所は、海の底ではありません。
鹿児島の開聞岳の麓、枚聞神社に着いて、
豊玉姫一族に助けを求めます。
そこで、力をつけた山幸は、青島に戻り、
海幸に勝つのです。

いかがでしょう。この空想は。


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豊玉姫(とよたまひめ)と玉依姫(たまよりひめ)、
名前が似ているので、私達ガイドも、たまに、間違えます。

豊玉姫が姉で、玉依姫が妹です。

まず姉が、釣り針を探しにワタツミの宮を訪れた山幸彦と、
互いに一目惚れし、三年を過ごします。

山幸彦が青島に戻り、海幸彦に勝利した後、
豊玉姫は、鵜戸の浜辺で山幸彦の子供を産みます。

しかし、この時、元の姿の鮫(さめ)となって子供を
産んでいるのを、山幸彦に見られたため、海に帰ってしまいます。

それで姉に代わって、生まれた子供ウガヤの養育係として、
やってきたのが、豊玉姫の妹の玉依姫です。

大人になって、この玉依姫は、育てたウガヤと結婚し、
四人の男の子を産みます。
このうち、末っ子の四男ワカミケヌが、後の神武天皇です。

従って、玉依姫は、神武天皇の母、
豊玉姫は、祖母にあたる訳です。

祖母と母なのに、姉妹でもある、誠に神話は面白いです。

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鵜戸神宮
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玉依姫に育てられるウガヤ


ウガヤの正式な名前は、
「ひこ なぎさ たけ うがや ふきあえず のみこと」です。
あまりにも長いので、我々ガイドは、
単に、ウガヤ、と省略して呼んでいます。

この誕生物語の舞台は、鵜戸神宮です。
豊玉姫が、妊娠し、子を産むために、鵜戸の浜辺にやってきました。
山幸は、喜んで、産屋を作りかけましたが、
まだ鵜の羽の萱葺きの屋根が葺き上がる前に、
子供が生まれてしまいました。
それで、子供の名前が、
「う がや ふきあえず」と名づけられたそうです。

ところが、豊玉姫は、元の姿、鮫の姿で子供を産んでいるのを、
山幸に見られ、恥ずかしさで、海へ帰ってしまいました。
それで、ウガヤは、、豊玉姫の妹の、玉依姫に育てられました。

ところが、大人になって、
ウガヤは、この叔母さんの玉依姫と結婚しました。
そして生まれたのが、神武天皇です。

ウガヤを主祭神とする神社は、全国でも、鵜戸神宮だけくらいです。
神武天皇のお父さんなので、宮崎神宮にも、相殿としては、祀られています。

天孫のニニギが、地上の山の神の娘、この花さくや姫と結婚し、
山の民、即ち、陸の民と親戚になります。
次に、山幸が、海の神の娘、豊玉姫と結婚し、海の民と親戚になります。
そして、ウガヤが、海の神の娘、玉依姫と結婚し、海の民と親戚になります。

こうして、日向三代を経て、生まれた神武は、
なんと、天と陸と海を支配する神と言う訳です。