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This is the archive for October 2010

神話ガイドの湯川です。
この度、このブログを担当することになりました。
よろしくお願いいたします。

今回は「古事記神話とは」です。

古事記神話は、歴史書であり、
民話、いわゆる昔話とは違います。

西暦712年(奈良時代)に書かれた、
現存する、日本最古の「歴史書」の中の物語です。

歴史を考える時、どの民族も、
この世の一番最初は、どうだったのか、を考えます。

多くの民族は、最初は、神が作ったと考えました。

聖書の旧約聖書の部分は、まさしく神話です。
日本人も同様です。

その神様の物語が、神話です。

日本の神話には、実は、もう一つ、
「日本書紀神話」があります。
これは、西暦720年(奈良時代)に書かれた、
本格的「日本の歴史書」です。

どちらの神話も、ほぼ同じと言えば同じですが、
微妙に違います。

私たちガイドは、二つもあると複雑になるので、
古事記神話で、語り部ガイドをしています。

次回からは、内容の紹介を始めます。

古事記の冒頭は、次の書き出しで、始まります。
「天地(あめつち)初めて、発(ひら)けし時、・・・・・・」

何もない宇宙に、最初、天と地が分かれて、
この世が出来たと、日本人の祖先は、考えたのでしょう。
なんと素晴らしいですね。

日本人の祖先は、文字を持たなかったので、
代々、古老が、語り部として、語り継いでいたのでしょう。

現在でも、未開の民族は、古老が、語り継いでいます。
(学者が、それを採取して、現在、文字として、紹介されています)

日本人は、やがて、中国、韓国から文字を教えてもらい、
この神話を、文字に表わすことが始まり、
幾つかの本の後、「古事記」が生まれました。
現存する、日本最古の本が「古事記」なのです。

日本人の祖先は、自然にできたと、していますが、
西洋の「旧約聖書」では、
全ての物は、創造神が作られたとしています。

世界中の民族が、天地創造の神話を持っています。
これら、世界の神話を、研究してみるのも、面白いかもしれません。

天と地が、初めて出来た


古事記の二番目は、次の文章です。
「高天原(たかまのはら)に成りし、神の名は・・・・・」

この後、ややこしい神様の名前が、ズラッと並びます。
それで、多くの人は、「こりゃあ、難し過ぎる」と思い、
古事記を読むのを、諦めてしまいます。

本当は、実に面白い物語なのですが。

まあ、ややこしい所は、飛ばして、
物語の面白い部分だけ、読むことを、お勧めします。

ところで、私の著書「古事記・神々の詩」では、
このややこしい、神様の名前を、解説付きで、
しかも七五調四行詩という、詩の形式で、
リズム良く、お話しています。

例えば、最初に出てくる「天之御中主(あめのみなかぬし)}を、
次のように、書きました。

「天御中主(あめのみなかぬし) という神は
天の真ん中に  おられます
古代の舟人  この神を
北斗七星の  ことと言う」

原文は、神の名だけの羅列ですが、
私の本は、全て、解説付きで、神の名を紹介しています。

最初の五柱(いつはしら)の神を、
(神様は、一人、二人でなく、一柱、二柱と数えます。)
別天つ神(ことあまつかみ)と、古事記では、呼んでいます。

次の二柱及び五組の神を、
神世七代(かみよななよ)と、古事記では、呼んでいます。

この神世七代の最後の組が、
イザナキ、イザナミです。

神世七代

古事記神話の冒頭のお話の、スーパースターが、
イザナキ・イザナミです。
イザナキ・イザナミは、「誘う(いざなう)」、誘い合う、
男と女が誘い合う、から出来た名前らしいです。
日本の古代の人は、
何と「粋な(いきな)」名前をつけましたね。

このイザナキ・イザナミを祀るのが、
宮崎市内のシーガイア近くの「江田神社」です。
是非一度、お出かけください。

はるか昔、天地が出来たばかりで、
地上が、まだ泥沼状態に、漂っていた頃、
イザナキ・イザナミが日本の国を、御産みになったのです。
これを「国生み」と言います。

更に「海・川・山・木・草の神」など、
自然の神を多数、御産みになりました。
これを「神生み」と言います。

その「神生み」の最後に、「火の神」カグツチを産んだため、
イザナミは、黄泉(よみ)の国に去られました。
黄泉国は、地下にある、お墓のことです。

イザナキは、妻恋しさに、黄泉国に行きましたが、
変わり果てた妻の姿を見て、恐ろしくなり、
急いで、地上に、逃げ帰りました。

そして、穢れ(けがれ)を取るために、禊ぎ(みそぎ)をしたのが、
筑紫の、日向(ひむか)の、橘の、小門の、阿波岐原です。
そう、ここが、江田神社の近くの「みそぎ池」なのです。
従って、「江田神社・みそぎ池」は、
日本神話の「最初の聖地」なのです。

このお話の続きは、次回にします。

江田神社

イザナキが、黄泉(よみ)の国から、地上に、逃げ帰り、
穢れ(けがれ)を取るために、禊ぎ(みそぎ)をしたのが、
筑紫の、日向(ひむか)の、橘の、小門の、阿波岐原です。
そう、ここが、江田神社の近くの「みそぎ池」なのです。
従って、「江田神社・みそぎ池」は、
日本神話の「最初の聖地」なのです。

「市民の森公園」内に、「みそぎ池」があります。
ついこの間、平成21年3月24日には、
この「みそぎ池」が、宮崎県観光遺産に指定されました。

さて、イザナキが、体を清めるため、まず衣服を脱ぐ時にも、
沢山の神々が、生まれます。
そして、裸になって、水に潜った時にも、
沢山の神々が、生まれます。
それから、水の表面に出て、顔を洗った時に、
左の目から、天照大御神(アマテラスオオミカミ)が、生まれました。
右の目から、月読命(ツクヨミノミコト)が、生まれました。
鼻から、スサノヲが、生まれました。
この三柱(みはしら)の神を「三貴子(さんきし)」と言います。

なんと、あの伊勢神宮に祀られている、天皇家の皇祖神の、
アマテラスは、宮崎県生まれ、と言う訳です。

みそぎ池(正式名は御池)

イザナキが、禊(みそぎ)された時、
衣服を全て脱ぎ、水に入られました。
水の底に着いた時、底筒之男(そこつつのを)が生まれました。
水の中ほどまで浮いた時、中筒之男(なかつつのを)が生まれました。
水の表面まで浮いた時、上筒之男(うわつつのを)が生まれました。
この三柱(みはしら)を、筒之男三神(つつのをさんしん)と言います。
そして、この筒之男三神を住吉三神(すみよしさんしん)とも言います。

住吉三神は、舟人の神、航海安全の神です。

住吉三神は、全国の住吉神社に祀られています。
住吉と名の付く神社は、全国で二千社ほど、あるそうです。
一番有名なのが、大阪市住吉区にある住吉神社です。

宮崎では、フェニックス自然動物園の右隣りにあります。
この辺り、宮崎市に合併する前は、住吉村でした。
今でも、JR住吉駅や、住吉郵便局などに、名を残しています。

宮崎の住吉神社の紋章は、「○に元」です。
なぜかと言うと、全国住吉神社の最初だからです。
なにしろ、近くの「みそぎ池」で、生まれた神だからです。

私の推測では、神武東遷の時、宮崎の舟人を殆ど全て引き連れて、
大和へ移られた為、舟人たちは、大阪へ移り住んだのだと、思います。
それで、大阪の住吉神社が、一番大きくなったと思います。


誓約(うけい)とは、賭け(かけ)の事です。
サッカーで、コインを投げて、表か裏かを当てる、あの賭けです。
賭けは、「表なら、私の勝ち」と宣言してから、行います。
ところが、今からお話する神話の中の賭けは、誠に、おかしな賭けです。

さて、スサノヲは、海を治めず、
父のイザナキによって、根の国へ追放されました。
それで、スサノヲは、根の国へ行く前に、姉さんのアマテラスに、
挨拶してから行こうと、高天原へ登って行きました。
ところが、アマテラスは、事情を知らず、
スサノヲが、高天原を、乗っ取りに来たのでは、と疑います。
スサノヲは、挨拶に来ただけだと、言います。
アマテラス「どうして、お前が清い心だと、証明するのか」。
スサノヲ「誓約(うけい)として、子を生みましょう」。

いよいよ、賭けが始まりますが、
普通なら、スサノヲが「男の子を生んだら私の勝ち」と宣言してから、行います。
ところが、古事記原文のどこにも書いて有りません。

しかも、いきなり、アマテラスの方が、子生みを行います。
賭けなら、これは全く必要がない筈です。
結果的に、アマテラスは、三人の女の子を生みます。
この後に、スサノヲが、五人の男の子を生みます。
これも変です。賭けなら、一人しか生んではいけない筈です。
もし、スサノヲが、三人の男の子と二人の女の子を生んだら、どうするのでしょう。

しかも、更に、アマテラスが、おかしな事を、宣言します。
「女の子は、お前の剣から生まれたから、お前の子だ。
男の子は、私の勾玉から生まれたから、私の子だ」と宣言します。

いやはや、全く誓約(うけい)を無視した文脈です。
しかし、結局、スサノヲが勝ったことは、生まれた長男の名前で分かります。
長男の名前は「正勝吾勝勝速日天之忍穂耳尊」です。
「まさかつ あかつ かちはやひ あめの おしほみみ のみこと」です。

こうして、スサノヲは、賭けに勝ったことを、いい事に、
高天原で、さんざん悪い行いをします。

本日は、ここまで。

神話ガイドの湯川です。
この度、このブログを担当することになりました。
よろしくお願いいたします。

第一回は「神宮と神社」です。
ガイドしていると、時々、質問されます。

「宮崎神宮は神宮と言い、青島神社は神社と言うのは何故ですか。」
宮崎神宮
宮崎神宮

「神宮」は、特別に許可された名称で、
大日本帝国時代(1868〜1945)の名残りです。

「神宮」と言う名称は、全国に、23社しかありません。

全国に8万社ほどある神社の99%以上が、「神社」と言う名称です。
青島神社
            青島神社

明治になって、国は、神社を、国家管理とし、
神社に、ランキングをつけました。
官幣大社、中社、小社、別格官幣社、
国幣大社、中社、小社、ここまでが、国の直営です。
この後は、県社、郷社、村社です。

一番大きい、官幣大社は、全国に、65社あり、
その内、天皇家ゆかりの神社には、「神宮」の名称を許可しました。
(一部、例外あり)
許可された数が、23社です。

宮崎では、宮崎神宮、鵜戸神宮の2社、
鹿児島では、霧島神宮、鹿児島神宮の2社、
大分では、宇佐神宮の1社です。

戦後(1945〜)は、国家管理が廃止され、
民間宗教団体「神社庁」となりました。

福岡の英彦山神宮は、戦後、「神社庁」によって、認可されました。
それで現在、九州では、以上の6社だけが、「神宮」と言う名称です。

私がガイドしていた時、ある若いお母さんから、
「宮崎の神話は、他県の民話と、違うのですか」
と聞かれました。

無理も有りません。多分この方は、神話も民話も
同じようなもの、と思っておられるのでしょう。

民話は、いわゆる昔話で、全国各地、村々に、
多くは、江戸時代以前に作られた物語です。
宮崎県にも、民話は一杯あります。
「半ぴどん」という、トンチ物語が有名です。

「鶴の恩返し」、「カチカチ山」、「竹取物語」、
狐や、蛇や、カッパのお話などなどです。

神話は違います。
西暦712年(奈良時代)に書かれた、
現存する、日本最古の「歴史書」の中の物語です。

当時の人は、日本の歴史の最初は、
天地が生まれ、神様が、この日本の大地を生んだ、
と考えていたのです。

その神様の物語が、神話です。

しかも、その舞台は、大部分が、日向(宮崎県)であり、
一部が出雲(島根県)です。

従って、神話は宮崎と島根だけにあり、
民話のように、全国各地にあるものではありません。

神社の本殿の屋根を見ると、その神社に祀ってある、
主たる神様(主祭神)が、男神か女神か分ると、
言われているのを、ご存知ですか。

それは千木(ちぎ)と鰹木(かつおぎ)で、分ります。

屋根の左右の先端に、角(つの)のように、突き出ているのが、
千木(ちぎ)です。
千木の先端の切り口が、地上に対して、垂直な時は、男神です。
千木の先端の切り口が、地上に対して、水平な時は、女神です。

屋根に並んでいる、円筒形のものは、鰹節(かつおぶし)に似ているので、
鰹木(かつおぎ)と呼ばれています。
鰹木の数が、奇数の時は、男神です。
鰹木の数が、偶数の時は、女神です。


江田神社の本殿の屋根
主祭神は、イザナキ(男神)なので、
千木の切り口は、地上に対し垂直、
鰹木の数は、奇数です。


都萬神社の本殿の屋根
主祭神は、コノハナサクヤヒメ(女神)なので、
千木の切り口は、地上に対し水平、(写真が不鮮明で、ごめんなさい)
鰹木の数は、偶数です。



神社の拝殿の入り口、
お賽銭箱の置いてある所の上には、
注連縄が飾ってあります。
注連縄には、普通、ギザギザに切った紙が、
ぶら下げてあります。これを紙幣(しで)と言います。
そして、多くの神社では、
この近くに、鈴が吊り下げられています。

この注連縄、紙幣、鈴の三点セットで、
何を表すと、思いますか?


それは、「雷」(かみなり)を表わします。
注連縄が「雷雲」、
紙幣(しで)は「雷光」、
そして、鈴は「雷鳴」を表わすと言います。

昔の人は、雷を恐れ敬ったのでしょう。
この説を、
盛岡の宮沢賢治が、生徒に教えていたそうです。

注連縄だけには、もう一つの説があります。
「蛇の交尾」(へびのこうび)説です。
成る程、二つの縄が絡まりあっている姿は、
「蛇の交尾」に似ています。

太古から、人間は蛇が恐かったようで、
その祟りを畏れ敬い、悪さをしないよう、
神として、祀ったようです。

私は「雷」(かみなり)説が好きです。

この項は、全面的に、インターネットで調べました。
従って、詳しくは「狛犬ネット」を見てください。

狛犬は、犬ではありません。
龍と同じように、実在しない、想像上の動物です。

狛犬を、高麗(こうらい、こま)犬と、書くのは誤りです。
「こま」という発音が同じ為、昔の人が間違えたのです。
古代朝鮮の高麗という国には、
狛犬を置く習慣がなかったのです。

狛犬の役目は、魔除け、守護神、門番です。

ルーツは、インドの仏像左右の「獅子座」です。
それが中国を経由して、平安時代に日本に入り、
日本独特の「狛犬」となりました。

沖縄のシーサーも、ルーツは同じですが、
シーサーを、狛犬とは、言いません。

日本では、最初、天皇の玉座を守るために、置かれました。
その後、お寺に置かれ、最後に、神社に置かれました。
現在は、神社が多いようです。

最初は、「獅子・狛犬」と言われ、
正面に向って、右が「獅子」で、
口を開き(これを阿形、あぎょう、と言う)
角(つの)が無い、形でした。

正面に向って、左が「狛犬」で、
口を閉じ(これを吽形、うんぎょう、と言う)
角(つの)が有る、形でした。

阿吽(あうん)は、日本独特で、中国には無いようです。

現在では、左右とも、角(つの)の無いものが多く、
大昔の「獅子」の形ですが、
呼び方は、左右とも、「狛犬」と呼ぶ習慣になっています。

雌とか雄とかは、まちまちです。

落語家の三遊亭円丈師匠(1944年、名古屋生まれ)が、
狛犬研究家として、有名です。

青島神社の狛犬、正面に向って左が「うん」、右が「あ」

誰もが知っている鳥居。
地図で、神社を表すマークの鳥居。
神社の入口の門です。
ここからは、神様の領域ですよ、と示すものです。

なぜ、鳥居と言うかは、はっきりしません。
「通り居る(とおりいる)門」だから、とか、
「鶏(にわとり)が止まる所」だから、とか
言う説がありますが、「こじつけ」のようです。

鳥居の形を、よく見ると、一見、簡単なようで、
種類は沢山あります。60種類以上あると言われます。
しかし、大きく分けると、二系統です。
神明(しんめい)系と、
明神(みょうじん)系です。

鳥居の一番上の横木を笠木(かさぎ)と言いますが、
笠木が、真っ直ぐなのが、神明系。
笠木が、反っている(カーブしてる)のが、明神系です。

伊勢神宮、宮崎神宮、護国神社などは、神明系。
八幡様、春日様なども神明系です。

稲荷様、住吉様、江田神社などは、明神系。
厳島神社、青島神社などにある、両部鳥居は、明神系です。





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参道の途中に、多くは左側に、手水舎があります。
手水舎は「てみずしゃ、てみずや、ちょうずしゃ、ちょうずや」
と色々に呼んでいます。
この手水舎は、参拝の前に、身を清めるためのものです。
つまり、禊(みそぎ)の一種です。
禊の簡易型です。
参拝の前に、ここで、手と口を清めます。
禊は、「水そそぎ」の縮まった言葉なので、まさに、水で清めるのです。

柄杓(ひしゃく)の使い方に、作法、手順があります。
まず、右手で、柄杓に、水を一杯汲み、水槽の外の玉砂利の所へ持って来ます。
そして、左手に、少しだけ、水を、かけます。
次に、柄杓を、左手に持ち替え、右手に、少しだけ、水を、かけます。
次に、また、柄杓を、右手に持ち替え、
今度は、左手をすぼめ、水を注ぎ、口を、少しだけ、つけます。
最後に、柄杓の、残った水で、柄杓の柄(え)を、洗います。
次に使う人のための、礼儀としてです。
そして、最後に、柄杓を、元あった場所に、裏返しで、戻します。

以上の手順が、標準的な作法です。