宮崎の社長さん100人
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笹栗さんと最初にお会いしたのは定かではない。宮崎太陽銀行の顧問として、月見が丘の自宅を訪ねた記憶がある。まだ、前の会社の整理などで、不遇をかこっていた頃である。銀行からの融資は難しいと嘆いていた。
しかし、そのときすでに、牛に歩行器をつけ、その歩数の変化で発情期や雌雄の産み分けが可能であるとの基本特許を出願済みであった。雌雄産み分けの話から、知人でやはり雌雄の産み分け技術を試験中であった黒木法晴さんを紹介したこともある。
歩行器技術が化けて全国展開、今では県内の成功ベンチャー企業のひとつであると言ってもよいだろう。最近は、高原町の県が保有する工業団地に企業誘致で飼料工場を建て、牛の乾燥飼料の生産を手掛けるようになった。
笹栗さんは、細かいことはあまり気にせず、人のつながりを大切にする。話はいつも前向きである。豪放磊落な性格が、笹栗さんの成功の秘密であり、時に失敗の原因ともなる。別れ際には、小指を立てて、「まだ元気ですよ」と宣う。